座禅に親しむ

2021/09/03

えっ!まばたきの一瞬が「一期一会」の世界!

そっとまぶたを閉じ、そして静かに目を開ける。そのまばたきの瞬時に凝縮された世界観が存在する。この二度と無い感動の一瞬こそが究極の一期一会だと語る人物がいました。Apple創業者のひとりスティーブ・ジョブスです。
ジョブスは、サンフランシスコの禅堂で約30年間にわたり曹洞宗の鈴木俊隆(すずき・しゅんりゅう)や乙川弘文(おとがわ・こうぶん)らを師と仰ぎ、禅の指南を受けていました。
iPodやiPhoneなどのスマートな機能と美しいデザインが生まれた背景には、無駄を取り除き本質に向き合う禅の教えが、深く影響していたと伝わります。
そもそもコンピューターの計算概念は、17世紀にドイツ哲学者ライプニッツが陰陽説に着想し0から9の十進法を0と1の二進法に考案したものだと言われています。禅に心を寄せていたジョブスにとって陰陽思想は、あながち無縁な世界ではなかったのかもしれません。
暗闇だからこそ、わずかな光源も見える。その希少な光景に人生観を深めたのでしょう。その後、禅に触発されたジョブスは、社員の教育プログラムにも禅を取り入れていました。

世界が注目する禅とは、禅宗の略称です。この禅への入り口が座禅です。
座禅の本願は、心の迷いを断ち切り、ざわめく感情を鎮め、心を明らかにして物事を深く見つめる思惟の精神を会得することにあります。
その昔、とんち和尚で親しまれる一休禅師が『茶禅一味』と唱えているように、茶道の根底には禅が静かに息づいています。そのお茶の精神の養生法が他ならぬ座禅です。
ということで、私も古式茶道に準じて独服の時にも座禅を常にしています。
そこで座禅の簡略な作法をご紹介します。キーワードは調身(ちょうしん)調息(ちょうそく)調心(ちょうしん)の3つにあります。

■まずはシャワーや入浴などで身体をさっぱりと清めます。この沐浴を潔斎(けっさい)と言います。そして、ゆったりとした服装で身支度をします。
場所は特別に問いませんが、できるだけ一人で静かに座禅が組める場所を選びます。座禅の時間は30~40分。その目安として1本のお線香を焚きます。
お線香に火を灯し燃え尽きる時間を1炷(ちゅう)と言いますが、その1炷の所要時間が30~40分であることが理由です。

お線香

■調身(ちょうしん)
姿勢を整えることを調身と言います。
最初に座位へ向い、右手、左手の順に手を付き低頭平身で一礼します。
これが座禅を始める初礼となります。
座布団を2枚用意します。1枚の上に座り、もう1枚は折り曲げてお尻の下に敷きます。折り曲げた座布団に浅く座るような姿勢で、胡坐(あぐら)を組みます。
正式には、結跏趺坐(けっかふざ)で足を組みます。
右足を左ももの上に深く乗せ、次に左足を右ももの上に深く乗せます。
または、半跏趺坐(はんかふざ)の組み方です。
右足を左ももの下に入れ、次に左足を右ももの上に深く乗せます。
初心者の方は、普段の楽な安座でもかまいません。
姿勢は、天井から引き揚げられるように、背筋をスーッと伸ばします。
頭頂の百会(ひゃくえ)から尾骨に気が流れ、呼吸が安楽に通います。
顎(あご)を少し引き、舌は上あごに軽く付け、視線は1mほど先の床へ落とします。目はつぶらずに半眼です。閉じてしまうと雑念が生まれます。
禅には曹洞禅と臨済禅があります。曹洞禅では壁に向かい座禅を組む習わしですが、臨済禅では壁を背にします。しかし、座姿にこだわりは無用です。

次に手の作法(手印)に移ります。
左手は仏様、右手は人間を象徴しています。仏様の上に私が乗るわけです。
なお左上右下(さじょううげ)の礼法は、雛段飾りで見るように関東と関西とでは逆になっています。つまり左右どちらでも自由です。左右のこだわりに大きな問題はありません。この自由とは無理のない自然体を意味します。
まず両手の平を上にして、左手(仏)は胡坐をかいた足の上に、その左手の上に右手(私)を軽く重ねるように乗せます。上を向いた親指同士は指先を自然に合わせます。これで陰陽の気が和合します。
この手印を禅定印(ぜんじょういん)または法界定印とも言います。この形により、心を鎮め一つの対象に集中する禅の組み手が仕上がります。

座禅

座禅の姿が整ったら、身体を振り子のように左右前後に動かして、体の中心を定めます。除々に振り幅を小さくして止めます。姿勢が無理なく真っ直ぐにおさまれば、次に呼吸法へと移ります。
ところで、流派や亜流によって座禅の求道心が同じでも作法は異なります。
でも余計なとらわれは捨て去り、止観の実践を図ることが座禅の本道です。
何も気遣うことなく、無理をせずに自分の流儀で体を整えてください。
■調息(ちょうそく)
呼吸の基本は腹式の丹田(たんでん)呼吸法です。おへその指三本下あたりに丹田という部位があります。そこに意識を集中させて鼻呼吸を行います。
口呼吸ではありません。
ゆっくりとお腹をふくらませるように腹式呼吸で鼻から息を吸い込みます。
3秒かけて吸ったら、その倍の6秒をかけてゆっくりと息を吐き出します。
この時、息を吐くほうに意識を運ぶとよいでしょう。そして呼吸のささやかな微音を聴いてください。これが調息の心得です。

■調心(ちょうしん)
調身と調息がうまく仕上がれば「調心」が自然と芽吹き、心が透き通るような充足感が訪れます。
30~40分この状態で座していれば、心身のこわばりは解け、雑念も消えてすがすがしい安らぎの風にわが身が包まれます。
お線香が燃え尽きたら、初礼と同様に終礼を行い退座します。
座禅が、心のデトックス(体内毒素排出健康法)と言われるゆえんが、この一連の座禅行にあるわけです。
ちなみに、座禅は「瞑想」とは似て非なるものです。
瞑想が、頭脳をほぐし疲れや不安を無くし、穏やかな心を求めることを目的だとすれば、座禅には確たる目的はありません。ただひたすら、無我無欲に座禅を行うことが目的となります。ジョブスが瞑想ではなく、この禅の境地
に心酔したのも、そこに彼らしさがうかがえます。

秋の深まる中、皆さまも座禅のひと時を迎えてみてはいかがでしょうか。
座禅は、明日につながる心のビタミンです。