ダイバーシティで奏でる音楽隊

2021/05/10

ドイツの民間伝承を背景として誕生した、メルフェンのグリム童話。

グリム兄弟がドイツ中を歩き巡り、古くから語り継がれてきた民話を収録し
たグリム童話集があります。いまも、世界中の子どもから大人にいたるまで
愛され続ける癒しの童話集です。
そのグリム兄弟にメルフェンを提供した人物のひとりが昔話の語り手として
親しまれていたフィーマンお婆ちゃん(ドロテーア・フィーマン)でした。
きっと、お婆ちゃんのこぼれ話から生まれたのでしょう。その数あるメルフ
ェンのひとつに『ブレーメンの音楽隊』があります。
ドイツ北部ブレーメンの中心街にある市庁舎西壁には、ブレーメンの音楽隊
のモニュメントがさりげなく立っています。そこのロバの足に触れると幸せ
になると伝わるので、彫像の前足は人々の祈りでピカピカに光っています。
ブレーメン
この物語は、ロバ・イヌ・ネコ・オンドリの四匹が新しい生活を求めて旅を
する話で始まります。
飼い主から粗野にされた年老いたロバが、希望を求めてブレーメンの町の音
楽隊に入ろうと出かけます。旅の途中で同じような境遇のイヌ・ネコ・オン
ドリに次々と出会いブレーメンへと一緒に向かいます。その町への道のりは
遠く、日も暮れはじめます。そこに明かりが灯る一軒の家がありました。
近づくと、中には泥棒たちがご馳走を食べています。そこで悪しき泥棒たち
をこらしめようと一計を案じ、窓の所でロバの上にイヌが乗り、イヌの上に
ネコが乗り、その上にオンドリが乗り、大声で一斉に吠えたのです。
泥棒たちは、窓に映った動物たちの影をお化けと見間違え、あわてて逃げ出
しました。その後、四匹はその家がすっかり気に入り、永遠の住み家として
楽しい音楽を奏でながら、みんなで仲良く暮らしました。

ところで、ロバをはじめイヌ・ネコ・オンドリの四匹は言葉も文化も異なる
動物たちです。意見を合わせるのも一苦労です。でも、みんなで力を合わせ
新生活を切り開くという試みは、いま社会問題となっている多様性(ダイバ
ーシティ)に通じる学びがあるように思えます。
ハンディキャップやジェンダーなどのバイアスが社会問題となっている現代
に、異なる四匹の価値観を認め合って勝ち得た多様性の成果といえます。
この多様性を具体化するのに欠かせない要素が、ハーモニー(調和)です。
あらゆる差別を無くし、個々の価値観を尊重し合い、さらに協調することが
出来れば、理想とするダイバーシティは躍動的な開花につながります。

この理念に符合する教えが、お茶で語る『和敬清寂』にも見て取れます。
茶道の精神や理想とする心の世界は、利休が説く『和敬清寂』に集約される
と語られ、茶席にはこの墨蹟がよく取り上げられています。

和敬清寂

【和】とは、いかなる社会的な地位や立場にいる人でも、一歩茶室に入れば
身分を超えて分け隔てなく、心なごやかに直心の交わりをするようにと教え
ています。それは現代社会の縦の人間関係を平らにしようという考えです。
私たちは、平等のもとで穏やかに心を通わせ、人や物との心の調和をお茶の
世界で創りだそうという温かな心情です。
【敬】とは、人に限ることなくすべての物や出来事に対して、敬う心の大切
さを教えています。この「和敬」の二語には、相反するパラドックスが存在
します。「和」は平等を説いていますが、その一方「敬」では不平等を前提
に相手への心配りを求めています。
平等と不平等が共存しているのです。なにか矛盾を感じるかもしれませんが
ゴルフのハンディー負担や、日常で道を譲るやさしい思い遣りの心などが、
不平等の正当性です。
時に、険しい深山に踏み入ると女人禁制の看板を見掛けることがあります。
一見この結界も不平等に思われましょうが、実は「母体保護」という守護の
精神が真意となっています。決して、女性差別の意図などはありません。
逆もまた真であるという観点により、陰陽和合の理が説かれているのです。
【清】とは、どのような境遇でもピュアな心で物事に接することを教えてい
ます。外面的な姿形や生活環境などの清らかさにとどまらず、私たちの心の
内面に至るまで、清らかな美しさを大切にと伝えています。
おごりや嫉妬などの醜い心を捨て去り、清純な花々が無心に咲き人々を喜ば
せているように、私利私欲を捨て純真な清らかさを大切にと戒めています。
【寂】とは、何もすべてにおいて清らかにすることが良いとは限りません。
迷いの多い俗世に心の目を背けることなく、むしろそのような暗闇の中でも
屈することのない柔らかな心を守り続けることが肝要です。
強い心と深い愛が、時に闇を照らす一筋の光となり良き人生を照らし続けま
す。すなわち「清」は、汚れ濁りのない清らかな世界に心身をゆだねること
を教え、一方「寂」は、蓮がよどんだ沼地から美しい大輪を水面に浮かべる
ように、いかなる境涯でも心を揺らすことなく強く生きることを伝えていま
す。「和敬」と同様に「清寂」にも陰陽和合の理が息づいています。

つまり『和敬清寂』とは、敬う心でお互いの和を育て、寂なる雑踏の中でも
動じない豊かな心を持ち、心身の清らかな茶の湯のひと時をあなたと一緒に
過ごしましょうという「お茶の心得」を伝えているのです。

何ごとも、最後の決断と責任はリーダーに帰するものですが、それを支える
チームとメンバーとの間に信頼が無ければ、組織は機能しません。
いま、世界が求める差別を無くしたダイバーシティの精神は、思い起こせば
昔から日本人が大切に守り続けてきた美徳のひとつです。

時代は移ろいます。1を100にする時代から、0から1を創り出す新たな時代へと、静かな転換期を迎えているように歴史が映ります。
ともあれ、まずは野花一輪を机の上にそえてみてはいかがでしょうか。
限りなく澄みわたる青空が、心の中に広がるような思いがしてきます。
一輪花