心地よさは、つくるものではなく、そっと気づくもの
2026/03/31
ビオトピアアンバサダー 柳沼淳子が綴るエッセイ。
ラジオで親しまれる、やさしく上品で、ときにユーモラスな語り口とワインの深みを携え、好奇心を羅針盤に、未来へ。
ウェルビーイングを暮らしの中からやさしく軽やかにひもとく、ときにくすっと心をほどく新連載、はじまります。
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移動の時間というのは、不思議な余白を与えてくれます。
目的地へ向かう途中、窓の外に広がる空や雲を眺めながら、日常からそっと距離を置くひととき。
慌ただしい毎日の中で、私たちは案外こうした静かな時間を求めているのかもしれません。
近頃、「ウェルビーイング」という言葉を耳にする機会が増えました。
社会や企業の中でもごく自然に使われるようになり、時代の価値観の変化を感じます。
けれど私は、この言葉を日本語に訳そうとするたび、少しだけ考えてしまいます。
「心身の充実」「満たされた状態」「より良い生き方」。
どれも間違いではないのに、言葉にした瞬間、どこか力が入ってしまうようにも感じるのです。
だから私は、心の中でそっと別の呼び方をしています。
「ウィルビー」。
ほんの少し響きを変えるだけで、暮らしの感覚へすっと馴染む気がするから不思議です。
私にとってウェルビーイングとは、何か特別な理想ではありません。
むしろ、日々の中に散りばめられた小さな心地よさの積み重ね。
朝の光がやわらかく感じられた日。
澄んだ空の色にふっと気持ちがほどけた瞬間。
何気なく目に入った花の彩りに心が和らぐ時間。

あるいは、着心地の良い服を選んだ日だったり、
気のおけない友人と笑い合えたひとときだったり、
「今日はなんだか穏やかだった」と思える夜だったり。
そうした何でもない場面こそが、実は心と体の調和をそっと支えているのではないでしょうか。
自然と調和した環境に身を置くと、この感覚はいっそう鮮明になります。
風の気配や光の移ろいに意識が向き、気持ちの緊張が静かにほどけていく。
整えるとは、何かを加えることではなく、本来の感覚へ戻ることなのかもしれません。
日々の暮らしの中で私が大切にしているのも、無理のない習慣です。
頑張らなければ続かないことより、自然と生活の中に溶け込んでいくものの方が、長く寄り添ってくれます。
ビオトピアマルシェで出会った「美穀菜 プロテイン」も、そのひとつでした。
いわゆるプロテインでありながら、特別な構えを必要とせず、朝の一杯として静かに日常へ馴染んでいく感覚。

忙しい朝でも負担にならず、
体だけでなく気持ちまで穏やかに整えてくれるような安心感があります。
気がつけば、意識して取り入れているというよりも、
自然と生活の風景の中にある。
そのさりげない継続こそが、私にとってのウェルビーイングなのかもしれません。
完璧を目指すのではなく、
自分にとって心地よい選択を丁寧に重ねていくこと。
そんな静かな感覚を、これからも大切にしていきたいと思っています。
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