第33編 金継ぎは、美しい愛の物語
2026/03/13
春告草(はるつげぐさ)との異称をもつ梅の花が、白やピンクと咲きはじめ早春を告げています。しかし「梅一輪一輪ほどの暖かさ」とはいうものの春はいまだ遠く、朝晩の寒風が身も心も引き締めるこの頃です。そのような折に、夕映えに染まる宵(よい)の茶会に招かれ臨席することになりました。その席での思いがけない出来事のお話です。
その茶会には、老齢の茶人がお弟子を連れて参席していました。その席上でのことです。
静けさが張り詰めた茶室にかすかな物音が走りました。次の瞬間、誰かの抑えきれない小さな声がこぼれたのです。「アッ」というその声に客人たちの視線が一斉に一点へと集まりました。事も有ろうに亭主から差し出された黒楽茶碗の口造り(飲み口)の角が欠けてしまったのです。その有り様に客人の誰しもが大慌てとなりました。しかもその茶碗は由緒ある伝来の名品でした。一瞬、茶室の時間が止まったように誰もが動かず、誰もが言葉を継ぎません。
その様子を知った亭主は、ふっと微笑むと「てっぺん欠けたかホトトギスですね」とつぶやいたのです。えてして拝金主義が横行闊歩しがちな時世に、この亭主の心遣いのひと言で、緊迫した空気がたちまち柔らかくほぐれていくのを目の当たりにしました。

まるで春の野山を飛びまわる鳥が、いつのまにか茶室に迷い込んできたような風情を想起させる亭主の温かな一言でした。その言葉に触れて誰ともなく微笑みがこぼれはじめ、やがて静かな和みが茶室に波紋のように広がりました。
この一声が「自他一如」の境地をつくり出していたのです。自他一如とは相対する客と亭主が一つの世界に入ることです。その一つの世界とは他を意識しない世界であり、客と亭主双方の心が一つに溶けあい結ばれた状態です。いわゆるお茶でいう「一座建立」の世界となることを意味します。このような貴重な体験をしました。
その後、亭主は欠けた黒楽に「金継ぎ」を施し、傷ついた茶碗を美しく蘇らせています。
時が流れたある日、再び亭主から席に招かれ、その席で再会したのが他ならぬあの時の黒楽でした。金色に繕われた姿が実に美しい風景を映し出していました。欠けた茶碗は、もはや「傷」でなく、美しく生まれ変わった雅な景色になっていたのです。
もしも、愛用の食器が欠けたり割れたりしたらどうしましょう…。
捨てるには忍び難く、食器棚の奥に眠らせるのも寂しい限りです。そのような食器を蘇らせる方法に、昔から日本に伝わる「金継ぎ」という技法があります。
この金継ぎの歴史は安土桃山時代にさかのぼります。茶の湯の文化とともに伝わる日本特有の伝統技法です。金継ぎというより金繕(つくろ)いと称した方が正確のように思えます。
この繕う金継ぎの技法には、大きく分けて3種類があります。
1つ目は、伝統的な金継ぎです。接着や下地作り、塗りのすべてに天然の漆(うるし)を使い、その度ごとに乾燥させる時間は多く、仕上げまでに半年以上もかかることがあります。
2つ目は、私の推奨する簡単な漆の金継ぎです。接着や下地作りに合成樹脂の接着剤を使用し、合成樹脂でコーティングするように天然の漆を塗り仕上げます。私流の金継ぎは、瞬間接着剤とエポキシ系のパテや細目の紙ヤスリなどを使用するのが特徴です。
3つ目は、手軽な金継ぎです。接着や下地作りに合成接着剤、塗りにも合成漆を使用します。
伝統的な金継ぎとの違いは、漆の種類や漆代わりの接着剤など、使う材料が違うだけで工法や手順は、簡易的な金継ぎと伝統的な金継ぎとは同じです。
なお、伝統的な金継ぎに使用する天然漆は、かぶれを起こす成分が含まれています。そこで作業時は手袋などで皮膚に漆が触れないようにご注意ください。また、漆は乾燥して硬化すまで1週間以上も必要となります。
そこで、時間のかからない2つ目の簡易的な技法をご紹介します。

【 用意する材料と道具 】
瞬間接着剤・ビニールテープ・パテ・紙ヤスリ・カッター・小皿・漆・漆塗り用の筆・金粉・金蒔き用の筆などです。パテや漆、金粉などはホームセンターやHPで調達できます。
それでは、基本的な修理法として「欠けの修理」と「割れやヒビの修理」をご紹介します。
【 ① 欠けの修理の場合 】
欠けの大きさに見合った量のパテを準備します。欠けの部分にパテを埋め成形します。完全に硬化するまで2~3日は置いてください。
硬化の状態を確認したら、表面をヤスリやカッターで固まったパテのはみ出た部分を削り、形を整えます。最後に細かい紙ヤスリで綺麗に磨いてください。その後、パテで埋めた部分に小筆で小皿に出した漆を塗ります。そして仕上げに金蒔き化粧をします。漆が半乾き状態になったら金粉を筆の腹につけ、1カ所あたりに3回ほど優しくなでるようにして金粉を定着させます。漆が硬化するまでに2~3日ほど置いて完成です。
【 ② 割れ・ヒビの修理の場合 】
器の割れた継ぎ目がぴったりと合うか確認をして仮止めをします。ビニールテープでズレが無いように止めてください。次に瞬間接着剤を継ぎ目の数カ所に1滴ずつ付けてください。
そして、テープをはがして継ぎ目を隙間なく接着剤で埋めていきます。器の内外ともに埋めたら硬化するまで30分ほど置いてください。その後、硬化を確認したら接着剤のはみ出た部分をカッターで削り、継ぎ目の表面を平らにします。次に接着剤で埋めた継ぎ目の部分に少し盛り上がるように筆で漆を塗ります。両面を同様に塗ってください。
最後の金蒔きですが、上記の欠け修理と同じように作業を行い完成となります。

本来、欠けた器でお客様をもてなすのは失礼なことですが、茶の湯の世界では欠損を丁寧に繕っていれば、その器の命は絶えていないと見なされます。それは物に寄り添う心を大切にするお茶の精神です。傷つき悲しい別離の運命にありながらも、再び結び合う「金継ぎ」の妙技と精美な姿には、信じられないほど切なく美しい愛の物語が紡がれているのです。
人生の荒波を乗り越えてきた器の「ありがとう」という再生を喜ぶ声が届きます。

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