
茶の湯始まり物語
2025/07/15
お茶の文化がどのように生まれ、そして多くの人々に伝えられていったのか、歴史は黙して語りません。往時を追想すれば、さぞや決まり事も多く作法のしきたりも厳しかったことでしょう。その歴史を掘り下げることによって今のお茶の全容が浮かび上がります。いにしえの探訪に、私たちの背中をさりげなく押してくれる風のような、茶の湯始まりの物語です。
お茶の源流をたどるには、中国の茶聖と慕われた陸羽(りくう)という人物の話から始まります。時は、今から約1400年前の唐の時代にさかのぼります。日本では奈良時代を迎えています。中国湖北省に、お茶の聖人と民衆から愛された陸羽(733~804)という人物がいました。彼はお茶のバイブルともいわれる『茶経』をまとめ、お茶の飲茶法を説き明かし後世に大きな影響を与えています。日本では岡倉天心が陸羽の歴史を学び開眼した一人でした。
ところで、その陸羽は幼い頃にとても辛い境遇にありました。3歳の頃に親から見捨てられたことから彼の人生が始まっているのです。そんな悲しみに暮れる孤児をやさしく養護し親代わりに育てたのが競陵龍盖寺(けいりょうりゅうかいじ)の智積禅師(ちせきぜんじ)でした。陸羽という名付け親でもあります。
智積禅師は、お茶に大変聡明な高僧です。陸羽のお茶との出会いは、ここに原点があります。
当時、中国の寺院では「茶会」の習わしがすでにありました。その茶会の用意を一手に任されていたのが幼少の陸羽でした。
やがて師弟の二人に別れの時が訪れます。仏教の熱心な教父だった智積禅師でしたが、陸羽は仏教を尊びながらも『儒教』の教義にも憧れを抱きはじめ、12歳の若さで寺院を離れ独り放浪の旅を始めます。
そもそも、お茶と儒教は相いれないものですが、なぜか陸羽の心の中では共存していたのです。陸羽にとってのお茶とは、道徳心や公共心を身に付ける『義』であると考えていました。道徳心を備えたお茶が主流となれば、官尊民卑の差別的社会は崩れお茶の文化が親しみをもって民衆へと広がり愛飲されていくだろうと大きな夢を描いていたようです。そのような熱い思いを抱きながら旅を続ける中で、若い陸羽に幸運なチャンスが訪れます。それは李斎物(りさいぶつ)という地方長官との巡り合わせでした。陸羽が後に高名な知識人として、またお茶の専門家になれたのも、この李斎物の温かな支援があったからこその誉れです。
陸羽は、彼の厚情を受けながら各地のお茶の名人を訪ね親交を深め、その道すがら収集した32州にも及ぶお茶の産地の資料を5年の歳月をかけてまとめあげています。
そして、765年頃に世界初のお茶の専門書である『茶経』が誕生しました。それまで埋もれていたお茶の姿が本書によって世間に知られるようになったのです。
唐の時代には1000頭の名馬と『茶経』の本を交換して欲しいと申し出があったほど、貴重な文献として高い評価を得ていました。その茶経は、次の十巻にまとめられています。
【一の源】茶木の植物性や形態、また植栽にいたる自然環境やお茶の効用などを詳説。
【二の具】茶葉の収穫に用いる道具や製茶に使う工具類などを詳説。
【三の造】お茶の製造の仕方などを詳説。
【四の器】お茶を煮たり、点てたりする時の道具類や茶碗などを詳説。
【五の煮】水の選び方や水質の等級化、そしてお茶の入れ方などを詳説。
【六の飲】多彩なお茶の飲み方とお茶への心得などを詳説。この巻に抹茶が登場しています。
【七の事】お茶の歴史と唐の時代までの喫茶風習などを詳説。
【八の出】お茶の名産地の紹介や各地のお茶の特性などを詳説。
【九の略】お茶を出す時の頃合いや場所、また茶道具や製茶用具の略式などを詳説。
【十の図】上記の内容の詳しい絵図などを描写。
この陸羽の書によると、喫茶の起源は紀元前2780年頃の神農(しんのう)という人物から始まると述べられています。なんと今から約4800年前の中国には、すでに喫茶の風習が存在していたということです。その神農がまとめた『食経』には「お茶をしばらく飲み続けると、体を強くして心を聡明にしてくれる」と述べられています。
また、『神農本草経』には「私が100種類の草を食べたら72種類に毒が認められお茶で解毒することができました」と解説しています。この文面から思い巡らすと当時の茶葉は薬草として珍重されていたようです。
時が流れ中国の周の時代になると紀元前753年頃に政治家として活躍した周公(しゅうこう)が『爾雅=じが』という書物を残しています。その文献には「お荼は苦い菜なり」とお茶の風味が紹介されています。この時代には、まだ「茶」という文字が有りませんでした。お茶を表現する文字として、苦いという意味を表す『余』に草冠を付けた『荼』を用いて、苦い植物と表されていました。
現在、私たちが常用している「茶」という文字は、唐の時代の陸羽が創作しています。その後、新字の「茶」が統一文字となり現代に至っています。
さて前述の話はお茶の専科に過ぎませんが、不思議なことに歴史の中から多岐にわたる教えを学ぶことができます。いにしえの歴史はいつの世にも通じる先人の尊い知恵が宿っているからでしょう。歴史から学ぶことは空より広く海より深いと語り継がれます。いつの時代も人々は歴史の軌跡をたどりながら、様々な学びを紐解き平和な暮らしを築いてきました。
ところで現在、世界各地でディストピアの戦乱の世が激化しています。この交戦の無意味さを教えるのも、また『歴史』です。力による平和など史実に存在しません。どうか勇を鼓して歴史の教えに心を運び、平和な世界を取り戻してほしいと願わずにはいられません。
お茶の歴史の一端から世情を学び、かような感慨にふける昨今です。
\シェアしてね!/