お茶は万病の妙薬
2025/01/17
お茶を語る日本最古の書に『喫茶養生記』があります。この書物は鎌倉期の1214年に日本臨済宗開祖の栄西禅師がまとめたものです。興味深いことに、茶書とはいいますが医学書のような内容にまとめられた珍書です。
鎌倉後期の『吾妻鏡』の記述よると、鎌倉幕府3代将軍の源実朝が二日酔いに苦しんでいると聞きつけた栄西禅師が、一服のお茶とともに献上した茶書がなんと『喫茶養生記』であったと語り継がれています。
古来、薬の単位は「服(ふく)」と称しています。お茶を「一杯」とは言わずに「一服」と表すことからお分かりのように、当時からお茶は「薬」として扱われていたのです。
ご想像のとおり、時の権力者とは単に美味しいから、または珍しいからと賛美されていても軽率に飲食することなど出来ようはずがありません。一国を治める重鎮であればなおのこと当然の保身事です。お茶の場合も例外ではありません。確かな安全と有効性が認められなければ安易に服用などは出来ません。
「クスリ」を逆に読むと「リスク」となります。ひとつ投薬を間違えたら大事に至ります。その意味において本書の陰陽思想に基づく薬用の解説は、側近の要人たちを納得させる貴重な判断材料となりました。
ちなみに、江戸将軍家の飲食では配膳の二割を7~8人の毒見役が命を懸けて、事前に食事の吟味をしていたそうです。お隣の中国でも紀元前の大昔から飲食には毒見役がいました。
ところで、私たちが食事などに用いるお箸は、飛鳥時代の小野妹子に由来しています。
607年、遣隋使の命を受けた小野妹子は隋の国から日本に「箸の文化」をもたらしました。
彼はその時に銀製の毒見箸を使う「毒見法」も学び、その使途を聖徳太子に進言しています。
当時、代表的な毒薬は毒砂(どくしゃ)といわれる硫砒鉄鉱です。成分中の硫黄と銀が反応すると瞬時に黒く変色するので、銀の食器は毒の有無の確認をするのに最適な物でした。
一方、中性のヨーロッパでも毒見には銀の食器を利用しています。食事のマナーとして先ずは、食前に料理人が銀ナイフで料理をさばき無毒の証明をするのだそうです。その時に使う銀ナイフを「クレデンジェ・Credence(英)・信用」と呼んでいます。
厳格だったのは中国です。8世紀の唐の玄宗王朝では、食事は殿中省の「尚食局」が責任を担い、投薬は同省の「尚薬局」が厳重な管理をしていました。食事については局の責任者が必ず先に食し安全性を調べます。一方、投薬の場合はさらに厳しい管理がされており、薬の調合の段階から省と局の責任者が監視に当たります。薬が完成すると、まず先に調合者がその薬を服します。安全が確認されると容器を封印し、監視者の署名のうえで保管します。
実際に服す時には封印が解かれ、まずは局の責任者が安全を確認して、次に省の責任者が服し、その後に皇太子が服します。そして、ようやく玄宗皇帝がその薬を服すことが出来るという大変に厳格な安全管理がされていました。栄西禅師が持ち帰ってきたお茶の療法もこのように厳しい管理のもとに成り立つものでした。
その喫茶養生記の第一章「五臓和合門:ごぞうわごうもん」の条には、お茶の効用を五行説に準じて次のように説かれています。
(一) 肝臓は酸味を好む…(眼)
(二) 肺臓は辛味を好む…(鼻)
(三) 心臓は苦味を好む…(舌)
(四) 脾臓は甘味を好む…(口)
(五) 腎臓は塩味を好む…(耳)
喫茶養生記では、五つの臓器を五行説の「木・火・土・金・水」に当てはめ、さらに五方位の「東・西・中・南・北」に落とし込んで説いています。つまり人体を巡る気の和合(調和)を図ることが健康の源泉であり、この健康の養生法を本書で詳説しているのです。
書にいわく、日本の食生活の中でなかなか得られない味は苦味です。これは心臓を弱くする原因です。お茶はその苦味を持っています。すなわち、お茶を常飲することで臓器は強くなり病を寄せ付けません。中国では、よくお茶を飲むので心臓を患う人はおらず大変に長命です。ところが、日本ではお茶を飲まないために心臓を患う人が多くいるのです。
もしも体が不調ならば、かならずお茶を飲むべきです。お茶は万病を治し、他の臓器の病を患っても強く痛むようなことはありません…云々。
心臓は、五臓の中で君子です。そしてお茶は最上の苦味です。心臓は苦味を愛するのです。
たとえば、「眼」に病があれば肝臓が悪いので酸味の薬で治してください。「鼻」に異変が起きれば肺臓が悪いので辛味の薬で治してください。「舌」は心臓が原因なので苦味の薬。「口」は脾臓で甘味、「耳」は腎臓で塩味の薬で治してください。もしも心身ともに弱ってきたら、しきりにお茶を飲めばただちに気力が強まり回復します…云々。
現在、西洋医学を常道としている私たちには、とても奇妙な動機付けと思えます。しかし、現代の医学でもお茶の薬効が解明されているのです。古き陰陽五行の奥深さを知らされる思いです。その学説によれば「健康に必要な一日のお茶の成分摂取量は、茶の葉約6gの成分が有れば良い」と言われています(出所:2010農林水産省・(財)食品産業センター)。
とはいうものの、私たちが日ごろ飲み慣れている煎茶は、お湯に溶けだした水溶性の成分だけを摂取しています。
ところが、抹茶の場合は茶葉自体の粉末です。不溶性の成分も含めたすべての成分を体内に取り入れているので薬効は極めて高いと評価を受けています。
茶の湯の世界でよく耳にする『喫茶去(きっさこ)』とは「お茶でも一服召し上がれ」との意味ですが、日常即仏法の境地を教える大切な禅語です。多忙極まる季節を迎えていますが、穏やかなお茶のひと時を日常に添えてみてはいかがでしょうか。心身ともにリフレッシュした新たな自分に出会えるかもしれません。
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