私たちの尊い食文化
2023/11/14
近ごろ、美しい日本の伝統文化が日常から薄れゆく寂しさを覚えます。
グローバル化による異国文化の大波が、わが国に押し寄せているせいでしょうか、私たちの尊い『食文化』にもその影響の一端を見ることができます。
思い起こせば、日本の和食がユネスコの無形文化遺産に登録されて今年で10年を迎えます。
登録に際し、和食は一品一品の料理ではなく日本人の伝統的な食文化と位置づけられ、登録認定の起因は、食という枠を超えた総合的な日本文化の特異性に光が向けられています。
ところが2022年に農水省が行った調査では、この登録について知っている人はわずか26%、知らない人はなんと50%に上るそうです。異文化の流入は歓迎しますが、私たちにとって、かけがえのない和食の伝統文化が軽んじられる風潮には、やるせない思いがつのります。
そこで、あらためて世界から賛美を受ける日本の和食文化を訪ねることにいたします。
時をさかのぼること明治4(1871)年、明治天皇は肉食の再開宣言を発布しました。それは約1200年も続いてきた天武天皇の「殺生禁止令」の解禁です。この事が契機となり従前の和食に西洋や東洋の料理が取り入れられ、世界の多彩な折衷料理が謳歌する現在の和食の姿へと変貌を遂げています。
ところで、私の大好きなライスカレーやラーメンは和食になるのでしょうか?食の多様化に少々戸惑いを隠し切れません。ちなみに「ライスカレー」と「カレーライス」とは混同されがちですが、盛り付け方が違います。ライスカレーは、ご飯の上にカレーのルーが盛られているメニューです。一方、カレーライスは、ご飯とルーが別々に添えられています。名称が似てはいますが、カレーのルーの添え方が異なり呼び名も必然的に変わります。かく言う私は、もっぱらライスカレー党です。
さて、話題を明治以前の和食に戻します。そもそも和食文化とは、自然界の豊かな恵みへの感謝をよすがとして年中行事のお供え、調理の技術や盛り付けの美学、さらには食に対する礼儀作法などもすべてを包含し和食という日本古来の食文化となっています。そして、この心のこもった食材を供する相手への歓待が「おもてなし」の心髄となっています。
この和食の代表的な料理の一つにお正月の『御節料理』があります。重箱を飾るおめでたい料理には、五穀の豊穣や家族の無病息災を願う縁起の良い食材が盛り付けられています。
例えば、レンコンは将来の見通しが良いように、黒豆は元気でマメに動けるように、クワイは人生に芽が出るようにと、料理人がそれぞれの食材に祈りを込めて調理をしています。
しかし、それだけではありません。調理法にも繊細な技法が反映されています。五味による「辛・甘・酸・塩辛・苦」、五調の「生・焼・煮・蒸・揚」、五彩の「青・赤・黄・白・黒」という三種の『五法』を和食の基本として調理がされています。この食材のもつ五彩とは、栄養素を表すバロメーターとも言われています。ご家庭で調理をされるときには5つの色を持つ食材をご用意し調理されることを健康食としてお勧めします。
とは言うものの、飽食の時代に毎日が御節料理のように豊満な食生活をしていたら私たちの身はもちません。質素な和食文化にも心を寄せてみたいものです。この質素な食習慣の極みが鎌倉時代に確立された「一汁一菜」の膳にあります。品数が少ないとはいえども、けして粗末な食ではありません。実に清貧の豊かさを覚える食卓です。元来、和食には「粗食」という概念はありません。この世に粗末な命(食材)など何一つ無いからです。粗食ではなく、『素食』という解釈こそが和食の考え方にほかありません。
なぜ、日本人は食事に対して、このように厳粛な気概をもっているのでしょうか?
その由縁は、古くから日本には自然界のすべてに神々が宿るという精霊信仰を心のよりどころにしていたことにあります。
私たち日本人は、食事の前に手を合わせ「いただきます」と敬意を払う習慣をもっています。この語意には「あなたの『命』をいただきます」という尊い思いが込められています。
言うまでもなく、私たちの命は自然界の生き物の命を犠牲にしたうえで成り立っています。食に対する感謝の礼を尽くすのは当然の習いです。食べ物に対して好き嫌いの邪気はもとより論外です。また、食事の作法にも無作法は許されることではありません。つまり日本民族の食事に対する厳粛な心には神々の命に支えられ、この世に生かされているというアニミズムの精神が息づいているからなのです。
時に、私は幼い頃から「おむすび」が大好きです。別名に「おにぎり」とも呼ばれています。
どちらも同じ握りご飯に違いはありませんが呼び名が異なります。この不思議は民話に答えがあります。アニミズムの神話は庶民の民話となって語り継がれ「おむすび」と「おにぎり」の2つの呼び名が今に伝わります。
故事によると「おむすび」は古事記に出てくる五穀豊穣や縁結びの神である 「高御産巣日神(たかみむすびのかみ)」の名前から生まれた呼び名だと言い伝えがあります。ご利益の人と人を結ぶということから山神に見立てた三角の形にした「おむすび」を作り、平安時代の貴族の女性たちは良縁を願い「おむすび」をお供えしていたとの伝説が残ります。
一方「おにぎり」は、昔の民話に鬼退治の物語がありますが、鬼を切る「鬼切り」の語意が由来となっているようです。人々は魔除けや厄払いの効果があるとの言い伝えにあやかり、神の恵みであるお米を「おにぎり」にしてお供えしていたそうです。いずれにしても「おむすび」や「おにぎり」には、神聖で夢のようなメルヘンを宿す食べ物なのですね。
しかし今、辛い出来事があります。それは「食品ロス」という社会問題です。食べられるのに捨てられてしまうという悲しい食品のことです。
農水省の資料によると、食べ残しや売れ残りなどの食品が毎年523万トン以上も廃棄されているそうです。その量は、国民一人が「おむすび」1個分(114g)の食べ物を毎日、捨てている計算になります。
食に恵まれた現在、私たち一人ひとりが食糧事情を深く考えなければならない時代を迎えているわけです。そのためにも、世界の文化遺産に讃えられた『和食文化』という慎ましい古式の美食観に心を寄せながら、食の大切さを次世代に伝えていきたいものですね。
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