自然の中で『野点』を楽しむ

2022/05/20

やわらかな陽ざしが降りそそぐ野原には、そよ風が穏やかに流れています。
草花が香るこの季節、静寂な茶室から思いきって自然の中へお茶を運び出し囲いの壁や天井も無い自由に解き放された青空の下で、のどかな「野点」を楽しまれてはいかがでしょうか。
豊かな自然に守られながら、心のおもむくままに友人をもてなす野点には、安らぎと喜びのひと時が生まれることでしょう。

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利休当時にも、お花見や戦いの陣中で野点をたしなむ風習がありました。
その野点で必要になる茶道具が、小さな携帯用の茶籠(御所籠)です。
この茶籠には、小ぶりの茶碗をはじめ茶筅や茶杓など小柄な茶道具の一式が納められています。
当時、野外でお茶を楽しむことを「野がけ」「野ぶせ」と呼んでいました。
狭あいな茶室から大自然の中へと、お茶の世界を広げていたのです。
ところが、野趣ゆたかな野外でおこなう野点です。茶室でのお茶とはまるで様子が異なります。
突如、林から吹いてくる風が茶筅や茶杓などにいたずらをしたり、思いもよらず雲の合間から小雨が降ってきたりと、予想を超えた茶席となります。
ご想像のとおり、自然を相手にする野点では、形にこだわる茶法は何ら役に立ちません。
しかし、そうかと言ってすべてが自由奔放になっていたのでは単なるお茶飲みで終わってしまいます。
そこで、利休は野点のあるべき姿を次のように伝えています。
「たとえ旅の宿や水辺、また船中や芝生の上で茶籠を開き茶の湯をおこなうとはいっても、みだりに取り扱うことはお茶の本意ではありません。作法の手順や諸々の茶道具についても、こうしなければという作法などありません。しかし、定めた作法が無いということが逆に大法であり、決められた作法を超えた大茶人の作法でもあるのです。なまじ茶人風に所作をすることは無用です。むしろ自然と同化して落ち着いて無理のないように、楽しい茶の湯の世界を演出することを知りなさい」
と『南方録』の一節に語っています。

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つまり、野点には特別な点前作法は存在しません。
とは言うものの、お茶の精神に近づく手立てを無くした不作法な点前では茶の湯の意味を失います。
例えば、小さな籠に納められた小ぶりの茶道具を扱うときは、さも大きな物を扱うように、短い物は長い物のように、軽い物こそ重たげに、そして狭い場所では、ことさら広々とした所作に思いを寄せ、時により次第により柔らかな心で、お茶に触れ合うやさしさが求められます。
釣り人が「フナ釣りに始まり、フナ釣りに帰る」と語るように何気ない初事が、その道のりを経てみたら、初心がただ事ではない深遠な世界であったと気付くことがあります。
野点にも、それに通じた奥義が息づいています。
「何よりも何よりも、小さなものは美しく愛らしい」と、歌っていたのは清少納言です。
両の手のひらほどの小さな茶籠には、小ぶりの美しい茶道具が段取りよく納められ、いとおしく取り扱っていた当時の茶人たちの温かな心情が偲ばれます。
茶人たちはそれぞれに好みの茶籠を身近に常備し折に触れ、さながら野遊びのような感覚で一期一会の喜びにひたっていたのです。

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ところで、18世紀のフランス革命やアメリカ独立に大きな影響をおよぼした思想家のジャン・ジャック・ルソーは「みなさん!自然に帰りなさい!」と世情に翻弄される民衆に、自然がもつ自由への回帰を呼び掛けていました。
「文明は人を不平等にしています。自由で平等な自然の世界に帰り、自らの生命観をあらためて考えてみることが大切です」
と閉塞した人々の心に自由と平等の大切さを説いています。
ルソーの教えは、時を超え再び現代の私たちに自然の尊さを伝えています。
自然を愛し、人々の幸せの本質を説いたルソーは、音楽の素晴らしさにも心を寄せていました。
私たちが幼いころに口ずさんでいた童謡の『むすんで、開いて、手を打って、むすんで♪』のこの歌も、彼のやさしさから創り出された曲として、今も子どもたちに歌い継がれています。
私たちも幼いあの日に帰り、庭先や野山で茶籠のピクニックを楽しんでみてはいかがですか。
人々を等しく尊び、自由に軽やかな心でたわむれる童の心を取り戻してくれることでしょう。
無理のない自然体は王道につながります。茶の湯も野点が王道なのです。

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それはさておき、なにも取り立てて茶籠を用意せずとも、バルコニーの縁にテーブルを出し、ただよう初夏の香りに包まれながらティータイムを迎えるのも、心安らぐ贅沢な茶の湯の野点です。
絵本作家のターシャが愛した午後のスペシャルティーは、紅茶にライム果汁とジンジャーを加え、ミントの葉を浮かべたアイスティーでした。
彼女は、コーギコテージの花畑で、友人と幸せなティータイムを過ごしていました。
私が語り尽せぬ野点の真意を、ターシャのお茶に見る思いがします。