迷子のお雛様

2022/03/18

今年も、楽しい「ひな祭り」の季節が巡ってきました。

各地では、幼い女の子たちが集まり「ひな祭り茶会」に花が咲いています。
ひな祭りの起源は、古くは中国の唐の時代にさかのぼります。当時、中国では
季節の節目に邪気が訪れるといわれ、厄除けに身代りの人形を川に流し、
家族みんなで季節に応じた旬の物を食べて、邪気払いをしていました。
その習わしが、飛鳥時代の日本に「流し雛」として伝わり、いつしか女の子
の健やかな成長と幸せを願う「飾り雛」となりました。

ひな祭りは、旧暦の3月3日の祭事です。ところが明治期の改暦により新暦
に変わりました。つまり旧暦の3月3日は、現代の新暦に直すと今年は4月
3日に当たります。約1カ月遅れのタイム・スリップが起きているのです。
そのために、昔から語り継がれてきた「ひな祭り」のしきたりや季節感に、
どこか違和感を覚えます。それは明治の改暦が原因の一つとなっています。
4月になると、ここかしこでピンク色に染まる桃の花が見ごろを迎えます。
そこで、ひな祭りは『桃の節句』の愛称でも親しまれています。今でも古式
の伝統を守り、旧暦の4月にお祭りをする風習が各地に残っています。
とはいえ、むやみに新暦をこばむものではありません。旧暦であろうが新暦
であろうが、幼いわが子の幸せを願う思いは、みな一緒です。

ところで、雛段の飾りつけで迷われたことはありませんか…。
お内裏様とお雛様は、どちらが左で、どちらが右なのでしょうか?
迷われるのは無理もありません。関西を中心とした「京雛」と「関東雛」と
では、飾りつけが異なるからです。それは昔から伝えられてきた『左上右下
=さじょう・うげ』という礼法が影響しているのです。

中国の唐の時代には、皇帝は不動の北極星を背にして、南に向かって座るの
が善しとされ、皇帝を中心に日が昇る東(左)は、日が沈む西(右)よりも
尊いとされました。それにより『左を上座』『右を下座』と定めています。
この思想が日本に伝わり「左上右下」の礼法が暮らしに溶け込んでいます。
日本書紀によると約1300年前の719年、元正天皇は人々へこの礼法に従うよ
うにと詔令を発布しています。その後、日本では長い年月にわたり左上右下
の礼法が日本文化の基礎となり、私たちの日常に受け継がれ今に至ります。
京雛はこの伝統を守りお内裏様を「左の上座」お雛様を「右の下座」に飾り
ます。一方、関東雛は明治の西洋化に従順し、左でなく「右を上座」にして
飾ります。これは、現在の天皇家が執られる西洋式の儀礼に習うものです。
天皇・皇后両陛下が並ばれる際、天皇陛下は『下座』の右側(向かって左)
に、皇后陛下は『上座』である左側(向かって右)に並ばれています。
つまり、日本古来の礼法である左上右下とは異なります。そこで関東雛は、
天皇家の西洋儀礼に習い、京雛と飾り方を異にしているといわれています。

茶室
お茶の世界では古式ゆかしい「左上右下」の礼法が随所に息づいています。
例えば、神事の献茶式における階段の上り下りの足運びにも見られます。
先ずは、左足で1段上り、それから右足を左足に付けます。この繰り返しで
1段ずつ階段を上ります。下りる時は、この逆の作法で下段していきます。
ようするに、左足が上位で、右足が下位と定められているわけです。
茶室への出入りも同様に、左足から茶室に入り、右足で茶室を後にします。
茶席にそろえられた茶道具も、左上右下の配列で整然と並べられています。
能舞台では、壇上に立ち舞台の左が「上手」で、右を「下手」と呼びます。
客席から見ると逆となり、舞台の右が上手です。

茶席の舞台は床の間です。床の掛け軸を中心に左上右下が定められ、香炉は
左の上座(向かって右)に、茶花は右の下座(向かって左)にそなえます。
茶懐石の「一汁三菜」のしつらえは、客人に捧げる主食の飯物は左、汁物は
右に、主菜と副菜は奥に置き、香物は真ん中にすえます。海魚の姿盛りは、
頭を左にして、腹を手前に尾は右側です。川魚は、頭尾の左右は同じですが
アユを除き、背は手前です。そして箸は、箸先を左に、箸天(頭)を右に横
ぞろえします。以上のしつらえが終われば、静かに配膳へと移ります。
和服の着付けでは、右の前身頃を下にして、その上に左の身頃を重ねます。
着る人から見て左が上に重なります。軽装な浴衣も同様に左上右下です。
なお、逆の右上左下の着付けは、亡くなられた方への装束で御法度です。
男性と女性とで、お召し物を反対に着付けるのは、洋装の文化なのです。

ウェディング
それでは、西洋の儀礼はどうでしょう…。
西洋では、日本の上座と下座が真逆です。右(向かって左)を上座としてい
ます。この和式と洋式との儀礼の違いが、私たちを悩ませているのです。
西洋では、右をRightと表すように正式な上位は右をマナーとしています。
オリンピックの表彰台でも、金メダリストを中心に、その右(向かって左)
が銀、左(向かって右)が銅で、国旗の掲揚もその順列に従っています。
ビジネスの場面では、式典や会食での席順を決めるのは悩ましいことです。
来賓を日本の伝統礼法でもてなしするか、はたまた外交儀礼(プロトコル)
にするか、その旨をあらかじめお客様にお断りすれば非礼には及びません。
時代は生きものです。日本の伝統文化も時の流れに風情は移ろいます。変わ
らないのは、美しい季節の営みだけかもしれません。激動する国際社会の中
で、何はともあれ新たな季節の恵みに思いを馳せてみるのも一興です。心に
穏やかな安らぎが訪れることでしょう。いよいよ本格的な春の到来です。