月を眺めて想うこと ─後編─
2021/12/21
あまのはら 雲ふきはらふ 秋風に 山の端たかく いづる月かげ 後鳥羽院
陽(ひ)が西の端(は)に姿を隠し、夜の帳(とばり)がおりてくる。澄みわたる青天の時とは違い、闇夜の空はいっそう深く広く感じる。秋風が雲を吹き散らし、舞台は整った。山の端より姿を見せた月は、得も言われぬ初々しさを感じるものです。ゆっくりゆっくりと中天へと向かうに従い、荘厳なる輝きが増してくる。
後鳥羽院は、数々の名歌を詠い遺しているばかりか、自らが歌会・歌合を主催し、1201年(建仁元年)に新古今和歌集の編纂を下命(かめい)するなど、和歌の世界に与えた影響は計り知れません。しかし、なかなかの野心家であったようです。時は鎌倉幕府の治世、朝廷の政治力を高めようと画策。ついに、1221年(承久3年)に執権北条義時追討の院宣(いんぜん)を下します。世にいう「承久(じょうきゅう)の乱」の勃発です。
しかし、時勢は鎌倉幕府にありました。幕府に動揺が走るも、北条政子のもとに集結。後鳥羽院が思いもよらぬ勢いで西進し、ついには京都を制圧します。これにより首謀者である後鳥羽院は島根県隠岐の島へ、順徳天皇は新潟県佐渡ヶ島へと配流(はいる)されるのです。この事件を機に、朝廷側は勢力を失い、武士の天下が到来するのです。
朝廷の復権をもくろむほどの賢才の持ち主であった後鳥羽院が、勝算無くして挙兵などしないはず。院の誤算は、武士というものを見誤ったのではないかと思うのです。院宣は、確かに効果があり、東国の武士は動揺したでしょう。しかし、武士とはその土地を開墾し、生計を成り立たせたグループの代表であることを見落としていたと思うのです。
平家物語141段「敦盛最後(あつもりのさいご)」の中で、組み伏せられ最後を悟った平敦盛は「汝は誰そ」と源氏側の武士に問う。「物その者で候はねども、武蔵国住人、熊谷次郎直実」と返す。「物の数に入る者ではございませんが、武蔵国の住人、熊谷郷の次郎直実(なおざね)」。関東一帯の旧名である武蔵国の住んでいる、熊谷郷(現在の埼玉県熊谷市)という地に田畑を領している、次男の直実であるという。かつて武士とはかようなもので、苦労して開墾した地をまとめる長が武士の始まりであり、見たこともない架空のような朝廷への忠誠心が無いわけではないですが、自らの所領を維持すること、大きくすることが大事であったはず。幕府は武士の集団だけに、このことをもちろんよく知っていたはずです。
今回ご紹介した後鳥羽院の一首は、言葉の端端に得も言われぬ威厳を感じさせます。いつ詠ったのか定かではないのですが、隠岐の島に配流されてから詠った歌には、もの寂しさや弱弱しさを感じるのです。きっとこの歌は、在京中の勢いあまっているころの作品でないかと思うのです。
天の原とは、神々のいる天上界という意味もあります。秋風が邪魔な雲を吹き払い、山の端から見事な月が姿を見せる。月が空間を意味するのであれば、その空間とは神々の創り上げた日本国ということか。秋には、季節の意味の他に「実り」という意味も含まれる。後鳥羽院の朝廷復権という願いは、秋風が吹き払い、月が成就することを望むかのように神々しい輝きをはなちながら中天へ向けて昇ってゆく。後鳥羽院はどのような思い巡らせていたのでしょう。まったく推論でしかないのですが、意味深長な歌のような気がします。さて、皆様はどう思いますか?
無償に降り注がれる陽射しは、夏場であれば悪態の一言も漏れ出てしまうものですが生きとし生けるものにとって欠かすことができないものです。光の射す時間は一日の中では限られたものだからこそ、大切にしたいものです。ただ、太陽が我々の行動を急(せ)かしているのではなく、地球が自転しているために、昼夜という区別が生まれ、人類に休息と休養を与えてくれているような気もします。
ここで人類と書いたのですが、動物の中で人間は長寿な生き物ではないかと思うのです。野生界では「寿命」という言葉などあってないようなものですが、動物園で飼育されている動物は、野生よりも平均的に長寿のような気がします。獣医師さんもいることも一因かもしれませんが、太陽が関係している気がするのです。
人間は、陽射しによって体内時計がリセットされることは前述しました。他の動物も同じではないかと思うのです。しかし、野生は弱肉強食であり、気の緩みが命を落とすことになる。陽が昇り明るくなることは、生きるために食事を摂るためには都合がいい反面、捕食されるという危険と隣り合わせです。では夜は安心かというと、闇に活動する捕食者がいる。野生では、休息と休養ができないのでは。だから、動物園では長寿なのではないかと思うのです。
太陽が降り注がれる中で昼寝をしても、睡魔は解消しても、身体は癒されないもの。陽射しを受け、体が活動するように脳から指示されているからなのでしょう。だからこそ、太陽が隠れる夜が、休息と休養には最適です。太陽によって、限られた活動時間を悟り、夜には安心して休める環境を整える。その環境を築くには精神の安定も欠かせません。心穏やかに月を眺めることで、今生きている空間に自分の存在を見出し、ゆっくりと人生を省みることで、新たな希望や夢を見ることができるのではないでしょうか。
どれほど時が経とうとも、月の姿は今も昔も変わりません。歴史上の賢人も同じ月を眺めていたと思うと感慨深いものです。晩秋の夜長を、日ごとに姿を変える月を眺めながら、後鳥羽院へ思いを馳せてみるのも一興ではないでしょうか。そして、自分自身のことを思い直すにも、いい機会になるかもしれません。
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